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ワープロをいち早く執筆に取り入れた作家・安部公房が機種名を言い渋った理由とは?

安部公房 原稿 ワープロ

 

作家に限らず、文章を書く仕事に就いているほとんどの人が、パソコンを使って文章を書いているでしょう。

もちろん、作家のなかには「手書き」にこだわって、今でも原稿用紙に書いている人もいます。

いまでは当たり前になっていますが、ワープロが登場し、普及していった際に「手書きがいいか」「ワープロにすることよる弊害はないか」みたいなことが議論されたこともありました。

そんな中、誰もよりも早くワープロを取り入れたのが、ノーベル文学賞にもっとも近いといわれた世界的な作家・安部公房でした。

ワープロをいち早く執筆に取り入れた作家・安部公房

安部公房プロフィール

  • 安部 公房 (あべ こうぼう) ※本名は同じ感じで「きみふさ」
  • 誕生日 1924年3月7日
  • 出身 東京府北豊島郡滝野川町(現・東京都北区西ヶ原)
  • 死没  1993年1月22日(68歳没)
  • 最終学歴  東京大学医学部卒業
  • 代表作 『壁』 (1951年)、『砂の女』 (1962年)、『他人の顔』 (1964年)、『燃えつきた地図』 (1967年)、『友達』 (1967年、戯曲)、『箱男』 (1972年)、『密会』 (1977年)、『方舟さくら丸』 (1984年)

小説はもちろん、戯曲も手がけ、劇作家・演出家としても活躍しました。

実験的な小説が多く、学生のときにけっこう読みました!

200枚の原稿を反故にする安部公房

どの作家も推敲を重ねるのは一般的ですが、安部公房はなかでも加筆修正が多い方で、上の生原稿(「燃えつきた地図」)を見ても、その一端がうかがい知れるでしょう。

時には200枚もの原稿を反故にしたこともあるそうで、「それくらいまで書かないと、冒頭が間違っていたかわからないらしいんです」とは、安部と愛人関係にあった山口果林さんのお言葉。

(山口果林さんは2013年、自叙伝「安部公房とわたし」を出版されています)

それだけに、「ワープロができて本当によかった」と安部公房本人も言っていたそうです。

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ワープロで小説を書くのは是か非か

安部公房 原稿 ワープロ

鬼のように加筆修正する安部公房にとって、ワープロの登場はその作業を飛躍的に楽にしてくれました。

一方で、親交のあった作家からは、「手書きのときにあった緊張感がなくなった」という意見も出ていたといいます。

そんなに変わるの?って思うかもですが、例えていうと、フィイルムのカメラとデジカメで撮影する時の緊張感の違いみたいなもんでしょうか。

フィイルムの場合、24枚撮りとか、36枚撮りとか「1ロールに何枚まで」という制限があり、撮影した写真はその場ですぐに確認することはできません。

デジカメだと撮影したその場で画を確認でき、それを見ながら構図などを調整していくなんてことも可能です。

けど、フィルムの場合そうしたことは不可能で、撮れば撮るほどフィルム代もかさむので、デジカメのように次々撮影はできません。

当然、一回シャッターを押す緊張感も違ってくるわけですが、ワープロ書きになった安部公房に「緊張感がなくなった」と言及した知人の作家は、そうったニュアンスに近いものを感じたのかもしれませんね。

あとは、頭に浮かんだことを文字にする際に、手書きだとそれを文字化する際に物理的に時間がかかってしまいます。

もちろん、タイピングでも時間はかかるわけですが、その差は歴然というか、ブラインドタッチだと手書きよりかなり効率的に文字を打っていけます。

だからといって、安部公房が文章を吟味しなくなったってわけじゃないと思いますが、その手書きとタイピングのスピード感の違により、文章が流れたり、緊張感がなくなったという印象を与えるようになったのかもしれません。

現役の作家だと、保坂和志さんが手書きを推奨されていますよね。

保坂さんも昔は、〈手書き第1稿―ワープロ第2稿―ワープロ第3稿…〉みたいな感じで書いていたそうですが、

2001年ぐらいから清書も完全に手書きにした。そうすると楽しいんだよね。キーボードだと作業になっちゃうんだよ。手書きはフィールドスポーツ、サッカーみたいな感じ。本来人間が使ってきた思考のあり方と、猫、鳥の思考のあり方…それを思考と思ってなかったわけ。小説が思考の形態なんだ。

みたいなことになって、今では完全に手書きになっています。

保坂さん場合、効率性とかの問題というより、フィジカル的なものと、それに呼応する思考の働きみたいなところが大きいのかもしれません。

例えば、土を耕すときにトラクターに乗って運転しているのと、鍬を持って土を掘り返すときの感覚の違いというか、実際に身体を動かすことで実感できる感興みたいなものがあるみたいな。

あと、もっと単純に「手書きの方が健康にいい」的なことを保坂さんは書いてたか、言ってたかしましたね。

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安部公房が使っていたワープロの機種名を言いたがらなかった理由とは?

安部公房生前の挿話として、次のようなものが残っています。

原稿を何度も大量に書き直す執筆を繰り返す安部公房にとって、ワープロは本当に便利だったようで、その効用を周りにも説いていた。

そこで、「自分も使うから機種を教えて」と言うと安部公房はとたんに口が重くなる。

しつこく尋ねると、照れながら、「言うけど、笑うなよ」とクギを刺してから、次のように答えた。

「実は『文豪』って言うんだ」

これ、今の若い人にはあまり通じないかもですが、昔NECのワープロソフトに『文豪』って機種がありました。

世界的な評価を得ていた安部公房は周囲から見て「文豪」だったと思いますが、自分で自分のことを「文豪」という人はいないわけで、その傍から見て文豪然とした安部公房が「文豪(ワープロソフト)」を使っているという小ネタになっているわけです。

ただ、若干の脚色も感じていて、なぜなら、

NECのワープロ『文豪』は、安部公房が使うということでその名前がついたと聞いています。

という山口果林さんの証言もあるんですね。

そうだとしたら、発売されているいろいろな機種から安部公房が意図的に「文豪」を選び、ちょっとした小ネタになりそうだなと思って購入したという構図は崩れるわけですが、安部公房が使うこと前提で商品が作られ、ネーミングされたってのもなかなかすごいですよね。







まとめ

今回は、安部公房にまつわるワープロのお話でした。

個人的に残念なのが、ワープロというかPCで文章を書くことによって原稿がなくなってしまうということ。

なに当たり前のこといってんねんって感じですけど、編集者の朱書きや作家本人の加筆訂正が入った手書きの原稿って、見ててめっちゃ興味深いじゃないですか。

たしかに、マンガのネームや下絵とかでも「わー、こんな風になってるんだ」って見てておもしろいですもんね。

だから、文学館とかに生原稿が飾られてたりしても「おー」ってなりますが、プリントアウトしたA4の用紙が飾れていても、単行本や文庫本の活字とあんま変わらないですよね。

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